2002年夏 1,600キロツーリング記
8/2 実家へ帰省の巻
日記にも書きましたが、8/2に大阪から愛知県は豊橋の実家までの帰省ツーリングにでかけました。
箕面市→→171号→→長岡京市→→京都外環→→山科→→1号→→四日市→→23号→→豊橋
当日の朝にたるみきったチェーンを調整して、約260キロのツーリング。大津あたりでにわか雨。ちょーついてない。合羽もっておいてよかった。ちょっと大き目のスパの駐車場で着させていただきました。やっぱり少し遠出するときには合羽は欠かせないですね。
昼ごろに出発して、6時過ぎに到着。下道だと、平均的に40キロ/h超程度にしかなりませんねー。
ここまでで260キロ!
8/4 帰阪の巻
実家での留守番を終え、朝5時の犬の散歩を終えた私はそのまま大阪への帰途に着きました。
豊橋→→1号→→豊明→→23号→→四日市→1号→→関町→→名阪国道→→上野→→163号→→木津→→京田辺経由枚方→→箕面へ
朝早い出発だったために5時間程度で到着。この日も名古屋手前でにわか雨。土砂降りでした。23号線の路肩でいそいそと合羽を着る私でした。この日の走行距離、約260キロ。下宿に帰った後、泥のように寝入りました。
ここまでで520キロ!
8/4 広島へ旅立つ!
大阪に帰ってきた同日(!)、眠りから覚めてせこせこと支度を始めました。この日から始まっている大学生協連のPeaceNow!Hiroshima 2002に事務局として招聘されたために広島にむけて出発です。やっぱり下道を通っての広島行きです。夕方6時出発、8時間ぐらいで着くかな、とおもいましたが・・・。
箕面→→171号→→西宮→→2号→→西明石→→250号→→高砂→→2号→→姫路→→相生→→赤穂→→備前→→岡山→→福山→→尾道→→三原→→東広島→→広島
約340キロでした。やはり予想通り8時間。45km/h程度しか出ませんね。なんとこの日もにわか雨に会う!明石あたりでやっぱり土砂降り。近くの大型家電店の駐車場で合羽を着ました。
ところで、この日は一日で600キロの移動でした。最後のあたりはまぶたが重くなり、そのたびに休憩しながらの運転で危なっかしかったです。あぶないあぶない。ヘルメットをかぶって大声で歌ってました。大音響で頭に響いて目が覚めます。
ここまでで860キロ!
8/4-7までPeaceNow!Hiroshima2002で事務局をやっていました。
大学生協連の「PeaceNow!」は1981年から現在まで継続的に開催されています。述べ人数にして約6500人の大学生協の組合員が参加しています。企画は被爆者からの聞き取り、フィールドワーク、参加者どうしの交流という3つの柱で構成されており、「見る」「聴く」「知る」「感じる」「話し合う」というプロセスを大事にしています。そのプロセスを通じて、参加者一人ひとりが誰かに押しつけられたものではない「自分のものさし」(自分の価値観)を磨き、社会と自分との接点を探りながら、社会に対する感度を高めていくことが主な目的です。
8/8 いざ、長崎へ!!
PN!Hが終了し、翌日からはPN!Nagasakiが始まります。こちらにも招聘されていたのでバイクでの移動です。昼ごろにPN!Hが終了しすぐに出発です。1時ごろに出発しましたが市内を通り過ぎるのに時間がかかって、2時ごろに山口県入り。昼食をとりました。当初はこちらも8時間と考えていたのですが・・・。
広島→→2号→→岩国→→徳山→→防府→→小郡→→宇部→→下関→→関門トンネル→→北九州→→3号→→八幡西→→200号→→八幡I.C.→→九州自動車道→→大宰府→→鳥栖→→長崎自動車道→→佐賀→→諫早→→多良見→→長崎!!
移動距離440キロ!!当初の思惑の8時間後にはようやく九州に入っていたぐらいでした。この時点で9時前残り200キロ弱。このペースで行くと5時間弱はかかります。さすがに体力も限界、八幡I.C.で九州自動車道に乗りました。なんと、このときがバイクでの初高速道路!フルスロットルで長崎多良見の終点まで2時間弱で着くことができました。
しかし・・・この日もにわか雨に会いました。二回も。山口宇部あたりで一回。高速にのったところでもう一回。バイクで高速走行すると雨粒が痛いんですよね・・・。
ここまでで総移動距離1,300キロ!!
8/9-11ではPeaceNow!Nagasaki2002の事務局をしていました。
8/11 大阪に帰るよ!!
PN!N終了後、大阪への帰途に着きます。しかし、移動の疲れと事務局の疲れもピークに達し、とても大阪まで800キロ弱も走行する元気はありませんでした。予定があいていれば今度は本当にゆっくりと帰阪したのですが、スケジュールはそれを許しませんでした。とはいえ翌日の夜までに大阪に着けばいいので、私が目を着けたのは長距離フェリー。
北九州の新門司港からは神戸と泉大津へ阪九フェリーが出ています。20:30時に出航し翌朝9:00に泉大津港へ入港するフェリーを予約し、長崎から北九州へは下道でゆっくりと移動しました。もちろんこの日もにわか雨がありました。諫早あたりで。長崎への移動の時には夜で夜景しか見られなかったのですが、諫早湾を望むこともできました。
長崎→→34号→→諫早→→207号→→有明町→→444号→→佐賀→→34号→→鳥栖→→3号→→200号→→北九州→→3号→→門司区→→県道71号→→新門司
新門司港まで250キロ!ここまでの総移動距離1,550キロ!!
8/12 長距離フェリー・そして帰阪。
阪九フェリーニューあかしに乗船。フェリーに乗るのは2001年夏に小豆島から高松までのったとき以来です。しかし、12時間もの長距離フェリーに乗るのは初めての経験でした。夏休みの割には空いていて2等(所謂雑魚寝)でも快適に過ごせました。8時半出航で、本四連絡橋を望めるチャンスは3回あるのですが、朝8時の明石海峡大橋だけ見ることができました。
レストランもあるし、展望風呂もあるし、まるでホテルですね。嬉しがって、高いのはわかっているのにわざわざレストランに食べにいき、生ビールをかっくらってぐっすり。起きれば7時ですっかりあさ。甲板で潮風を浴びて写真をとってました。
時間通り泉大津港に到着し、上陸。順調に北上してあっという間に1時間で我が家でした。この日の走行距離約50キロ。
締めて総走行距離1,600キロの2002年夏でしたとさ。
おしまい。来年は北海道か陸奥だ!
